著者献本

原稿を入稿し、 本の発売を一か月後に控えたころ、 できたばかりの
『 オレンジ病棟 』 が 段ボールで100冊、 うちに届いた。

著者がもらえるぶんだ。

最初、 著者献本の話を聞いたとき、 ぼくは担当編集者さんに100冊もいりま
せん、 といったことを話した。

知り合いなんてそんなにはいないし、 交通事故でPTSD(心的外傷後ストレス
障害)になってから、 精神科の世話になっていることとか書いてあるから近所や
親戚には配れない、 という思いがあったのだ。

担当編集者さんの私見は、 ご都合に合わせはしますけれど、 わりとみなさん
「 100冊すぐになくなっちゃった 」 とおっしゃるので、 多めに手元にあった
ほうが あとあと考えたときによいのではないでしょうか、 というものだった。

ぼくは、 経験豊かなベテラン編集者さんの意見を聞き入れることにした。

そして、 本は意外な形でなくなっていった。

まず発売直後、 担当編集者さんの智略で、 何店もの書店さんに手紙と一緒に
持っていった。 挨拶まわりだ。

いくつかの新聞社さんにも手紙と一緒に送った。

その結果、 地元である神奈川新聞さんに書評を載せていただくことができた。

そうこうしているうちに親戚から本の感想がとどいた。

その反応は、 意外にも好意的なものだった。

精神科のことを気遣ってか、 「 後半はフィクションとして読んだよ 」 などと
書いてあった。

これで気持ちが軽くなったせいか、 近所の人たちにも顔を合わせるたびに
本を渡した。

そして、 それがきっかけで話をするようになった人もけっこういた。

結局、 担当編集者さんの予想どおり、 献本された100冊は、 あっという間に
なくなってしまった。