役に立ったカセットレコーダー その1

 2004年の夏、 車で 北海道へテーマのない旅をすることにしたぼくは、 
 行きがけに 大型電気店に立ち寄った。

 カセットレコーダーを購入するためだ。

 旅行中、 行く先々の景色や、 いまどこを走行しているかをテープに
 録音していき、 元の生活に戻ったら、 思い出として聞き返すつもり
 だった。

 売られているカセットレコーダーのなかから一番安いやつを購入すると、 
 さっそく百円ショップで買ったテープを入れ、 車のアクセルを踏んだ。

 録音したテープによると、 学生時代、 広島の尾道へ旅行したとき、
 テープに録ったことが気に入ったらしい。

 以下、 東京の大型電気店を出てから富良野へ行くまでの記録。 
 カセットテープより抜粋。

「 栃木県を越えて、 現在福島へ向かっているところです。 今朝は
  11時に出ました。 いまこの録音をしているカセットレコーダーは
  3900円で買えた」

「 今日、 おふくろが八つもおにぎりをつくってくれた。 気持ちは
  嬉しいけど、 八つも食うのは正直しんどい。 いまちょうど四つ
  食べて飽きてきている 」

「 いま左手に大きな観覧車が見えてきた。 夜景に緑が輝いている。 
  緑にライトアップされた大観覧車。 なんなんだ、 これ。 
  ジャスコの前にある 」

「 それにしても、 東京じゃ毎日すごい汗をかくのに、 こんなに寒い
とは  おもわなかった 」

「 なんだって慣れると飽きてくるものかもしれないなあ。 うーん。
 運転がそんなに面白くなくなってきた 」

「 右手には福島レーシング協会が見えます 」

「 8月13日。 金曜。 いま朝六時です。 車はほとんどいない。
  仙台だけれど、 70キロくらいで……。 たぶんこの調子だと
  すぐに着いちゃうかもしれないね 」

「 いま仙台に向かっている途中です。 左は線路で、 まわりは
 トトロの森のような緑に囲まれている 」

「 あー、あー。 今日は8月14日。 いま岩手牧場が左手にあります。 
 北へ行くにつれて、 空がだんだん広くなってきました 」

「 あー。 渋滞に はまっています。 昨日は朝六時に出て、 車の
 なかで すごいハイテンションだったんだけれど、 あのハイテンション
 は何だったんだろう。 八時に外にある温泉があって、 気持ちよく
 って……。 休憩所っていう畳の部屋があったから、 そこで寝て……。 
 十時半くらいに寝たのかなあ。 そこからまた走りだしました 」

 こうして 顧 (かえり) みると、 この時点では とりわけて記録に
 残すほど 物珍しい風景がなかったようにおもわれる。

 どこまで行っても、 日本は日本。 ふだん地元で目にする大通りの
 街並みと 似たり寄ったりということなのだろう。
 
 
 そのほか、 テープではいろんなことについて ぼそぼそと独話している。 

 両親について。  友だちについて。 地方に住んでいたころの思い出。 
 いまを楽しくやるには どうしたらいいか。
 

 自分のことを 〝 おれ 〟 とか言っているし、 心向きもいまと
 異なっている。

 その後の人生で出会った人たちの影響で、 すこしばかり
 変心したのだろう。

◆この記事は、もうすぐ消滅するgooブログに、2010年8月14日、21日に掲載したものです。

©2010 Daisuke Asaoka

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